ドイツ兵と英国スパイの儚い恋の行方は ― ふたつのストーリーが絡む出色のラブロマンス『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』

(C)2016 Egoli Tossell Film
第一次世界大戦に敗れたかつてのドイツ帝国。敗戦の責任を問われオランダに亡命したドイツ最後の皇帝、ヴィルヘルム二世の居所であるオランダ・ドールン城を舞台に、ナチスの将校とイギリスの女スパイの、一筋縄ではいかない禁断の愛を豪華キャスト共演で描いた、サスペンスフルなラブロマンス―。
第二次世界大戦下の悲惨な実態などは殆ど語られず、前述の恋物語をメーンに捉えた本作であるが、同時に第一次世界大戦の元凶とされるヴィルヘルム二世の復権をかけた物語も展開し、二重のストーリーが絡み合う。豪華キャスト共演で贈る切なくも儚いラブロマンス劇は、史実とフィクションを融合させた違和感のないヒストリカル・ムービーだった。
『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』あらすじ
1940年、ナチス・ドイツによる他国への侵攻は激しさを増していた。そんな中、退位しオランダに亡命したものの、未だ国内に根強い支持者を持つドイツ最後の皇帝ヴィルヘルム2世(クリストファー・プラマー)の動向を監視するため、ヒトラー政権によりオランダの元皇帝の屋敷へと送られてきたドイツ軍将校ブラント大尉(ジェイ・コートニー)。そこで彼は、メイドとして働くミステリアスな美女ミーケ(リリー・ジェームズ)と出会い、ひと目で心を奪われる。『DIGITAL SCREEN』より引用
豪華キャストが集結、濃厚なラブシーンも
まず本作の特筆すべき点はやはり出演キャストの豪華さである。ヴィルヘルム二世の監視役として着任し、のちに女スパイと恋仲になるドイツ軍の将校ブラント大尉役には、DC映画『スーサイド・スクワッド』(2016)でディガー・ハークネス/キャプテン・ブーメランを務めたジェイ・コートニーが演じる。『スーサイド・スクワッド』では無精ひげを生やしたブーメランの使い手という役回りであったが、本作では国に忠誠を誓うイケメンのナチス将校として登場する。
劇中では屈強な肉体美を大胆にもさらけ出し、濃厚なベッドシーンを惜しげもなく披露した。その演技の振り幅には驚かされるばかりだ。
そんなブラント大尉に心を奪われる英国の女スパイ・ミーカ役には、ディズニー映画『シンデレラ』(2015)でタイトルロールを務め、エドガー・ライト監督『ベイビー・ドライバー』(2017)では主人公ベイビーと惹かれあうヒロイン・デボラを演じるなど、着実にキャリアを築いているリリー・ジェームズが抜擢。ブラント大尉との淫らなラブシーンでは妖艶ヌードも辞さず、『シンデレラ』で得た清純派のイメージとはまるで違う存在感を示した。まさに、役者としての新境地を開拓するに至っている。その清々しいまでの脱ぎっぷりにはぜひ注目したい。
そんなふたりを陰から見守る元皇帝ヴィルヘルム二世役には、『人生はビギナーズ』(2010)でオスカー受賞の名優クリストファー・プラマーを起用。退位を余儀なくされ権威を失ったヴィルヘルム二世の、寛容で気優しい心を貫禄のある演技で見事に表現した。
そのほか、『アルバート氏の人生』(2011)などでアカデミー賞ノミネートのジャネット・マクティアがヴィルヘルム二世が退位後に結婚した二番目の皇后、ヘルミーネ・ロイス・ツー・グライツ役を演じ、夫の地位回復を実現すべく献身的にサポートする夫婦愛を体現するほか、『おみおくり作法』(2013)のエディ・マーサンがヒトラーに次ぐナチス第二の男、ハインリヒ・ヒムラー役で出演する。
許されぬ恋に翻弄するふたり。祖国を取るか愛を取るかに揺れる心を繊細な演技で見事に描写し、その脇を固める名優たちによって、映画は単純なラブストーリーとは一線を画す仕上がりを見せている。
ヴィルヘルム二世の復権と、許されざる禁断の愛
本作ではふたつのストーリーが同時に進行する。ひとつはナチス将校と英国の女スパイの許されざる恋模様だ。ナチス・ドイツのオランダ侵攻により、元皇帝ヴィルヘルム二世の監視役に就いたナチス将校ブラント大尉は、ドールン城のメイドであるミーカに対して恋心を抱く。そのメイドこそが英国政府が送り込んだ女スパイだったのである。
国に忠誠を誓うブラント大尉と、任務遂行を果たすべきミーカの切ない葛藤がドールン城という密室空間で巻き起こる。戦時下の危機感などはあまり感じ取れなかったものの、ふたりの距離が徐々に縮まっていくさまや、ミーカがスパイと発覚し揺らぐブラント大尉の忠誠心、果たすべき任務と愛の狭間で葛藤するミーカなど、戦時下という状況をうまく利用した演出は出色だ。
静寂なドールン城の綺麗な景色とは裏腹に、過酷な決断を強いられることになるふたり。この後、ナチス・ドイツの敗戦を考えると、ふたりの愛の行方は一概にもハッピーエンドとは言い難いかもしれない…。
このラブロマンスに沿って進行する第二のストーリーは、元皇帝ヴィルヘルム二世の復権をかけた物語である。ドイツ帝国のラストエンペラーとして著名なヴィルヘルム二世の晩年は、亡命先のオランダにあるドールンと呼ばれる古城での暮らしだった。そもそも、ヴィルヘルム二世が退位に追い込まれた原因は、第一次世界大戦を招いた戦争責任だった。
1914年、ドイツの同盟国オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻がセルビア人により暗殺された(俗にいうサラエボ事件である)。この事件が起きるとドイツはオーストリアを支援し、セルビア王国に対して宣戦布告。ドイツが後援したことによって戦域は世界規模に拡大し、第一次世界大戦が勃発する。大戦末期になるとドイツ革命が起き、帝政体制はなし崩し的に廃止され、ヴィルヘルム二世は中立国オランダへ亡命。ドイツ帝国は崩壊し敗戦を喫する。その後、ドイツはヴァイマル共和政を経てナチス・ドイツの時代へと突入することになる。
劇中の時代はナチス政権下の1940年。亡命先であるオランダ・ドールン城で暮らすヴィルヘルム二世は復位の念を密かに抱いていた。本作で描かれるヴィルヘルム二世は、二番目の妻であるヘルミーネのサポートを受けつつ、悠々自適に暮らす心優しいおじいちゃんという出で立ちで描出されている。ナチス将校ブラント大尉との晩餐会ではテーブルを強く叩き大声で怒鳴るなどの短気な一面も覗かせ、ドイツへの復位を果たそうとする野心が見え隠れする、とても人間味に溢れる人物として登場する。
プラマーの魂の入った演技によって威厳あるヴィルヘルム二世が現代に蘇ったかのようだ。次第にナチスの陰謀へと巻き込まれていくヴィルヘルム二世の物語は、本作をただの恋愛モノとは異なる、なにか奥深い視点を与えてくれている。原題の“The Exception”には「例外」や「反対」、「異議」などの意味があり、この言葉が作品全体のテーマとして扱われている点にも注目したい。
史実とフィクションの違和感のない融合
史実の中にフィクションが絡む、違和感のないストーリー展開はまさに秀逸だ。ヴィルヘルム二世が失脚し、オランダに亡命した話も事実であるし、その亡命先である屋敷、ドールンと呼ばれる古城も実在する。ドールン城はオランダ中部のユトレヒト州郊外に14世紀ごろ建てられ、現在もそこにある。
ヴィルヘルム二世がドイツ革命勃発に伴い、オランダへ亡命した際、もともとドールン城はかの有名な女優オードリー・ヘップバーンの祖母が所有していたというから驚きだ。ヴィルヘルム二世はオードリーの祖母から城を購入し、1941年に肺栓塞で逝去するまでこの城で生活していた。彼は今もドールン敷地内の霊廟で眠っている。
ナチスの将校と女スパイのラブストーリーがフィクションである事は言うまでもないが、ナチス・ドイツによるオランダ侵攻は紛れもない事実だ。また、劇中でヴィルヘルム二世が木を伐るシーンが多々あるが、これも事実。晩年は薪割りを趣味に過ごしたという記録がある。
更に映画終盤、チャーチル首相から打診されたイギリス亡命のくだりは事実、本当にあったことである。こうして考えると、本作に盛り込まれたラブストーリーという主軸が、史実の中に上手く溶け込んでいるのが分かるはずだ。戦争映画の銃撃戦や激しいアクションは皆無であるが、歴史の側面を垣間見ることが出来る、素晴らしい歴史サスペンスと言える。
映画『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』はオンライン上の映画館「デジタルスクリーン」にて上映中。
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※現在、PCのみで視聴可能です。